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東京高等裁判所 昭和29年(ネ)46号 判決

つぎに控訴人は、本件建物をみずから使用する必要があるので、解約申入をしたと主張し、控訴人が被控訴人にたいして昭和二十五年九月十五日到着の書面によつて、本件建物賃貸借の解約申入をしたことは、本件当事者間に争がない。よつてつぎに、解約の正当事由があるかどうかを検討する。

(一)、成立に争のない乙第一号証原審証人北沢泰雄の証言、原審および当審の本人尋問における控訴人の供述によると、控訴人居住の建物は木造瓦葺三階建坪十六坪二階十三坪三階九坪の二戸建一棟のうちの一戸で、階下は六坪の店舗台所便所、二階は六畳三畳の二室があり、三階はもと畳をしいてあつたが、すでに長い間物置に使用しており、実際人間の起きふしには適しない状態であることが認められ、控訴人は前記のように本件建物所有権を取得する前から、この建物にその妻長男長女とともに居住して乾物商を営んで現在に及んでいることは本件当事者間に争がない。

他方、本件建物は、木造瓦葺二階建で、建坪十坪四合九勺、二階九坪五合、階下に六畳三畳一畳半、玄関台所便所があり、二階に八畳三畳の二室があり、被控訴人は控訴人が所有権を取得する前から、妻とともに居住し現在にいたつていること、本件当事者間に争がない。

(二)、原審証人小幡谷松太郎同北沢泰雄の各証言、原審および当審の本人尋問における控訴人の供述によると、控訴人は昭和二十二年十一月当時数万円を支払つて、前々から賃借居住中の前記(一)前段に説明した建物並に本件建物を買取つたほか、訴外渡辺某同飯沼某のそれぞれ賃借居住する建物を買受けたものであり、当時控訴人の営む乾物商は相当に繁昌しており相当資力あるものと認められ、その後変動のあつたことを認めるべき証拠がないから、控訴人の解約申入当時ないし現在においてもほぼ同様な状態にあると認めるのほかない。

ところが、他方被控訴人は、控訴人の本件建物買受当時東京都庁に勤めて手取り月額およそ八千五百円の給与を受ける公務員で、貯金は封鎖預金まで合せて三、四万円にすぎなかつたし、その後手取り月額約一万二千円の給与を受けるようになつたが、郷里岡山県に居住し得る家はあるけれども、現在の地位をすてて帰郷したのではくらしが立たず、また、前には三鷹市内にわずかの土地を所有していたが、農地改革によつて国に買収されてしまつて、いまは持つていないという財産状態であること、原審および当審の本人尋問における被控訴人の供述によつて認められるところである。

右(一)に説示したところによると、控訴人の店舗兼住宅の建物は四人世帯の控訴人の住居としてはせますぎ、本件建物における被控訴人の住居は十分のゆとりがあることは明かであるから、たんに広さの点のみからいうと、被控訴人は本件建物の少くとも一部をば控訴人の使用に提供するのが相当であり、したがつて控訴人の解約申入は本件建物の一部について効力を生じたといい得るがごとくである。しかし、控訴人は前記(二)の前段説示のとおり、ある程度ゆたかな財産状態であるから、現在の住宅兼店舗について、六坪の店舗中一坪なり二坪なりを区画して畳敷として人の起きふしに使えるように改造することも可能であると認められ、このことをも考慮に入れると、建物の一部についての解約の正当の事由があるとするは相当でない。まして、前記(二)後段説示のような財産状態であつて、本件建物から出て他に相当な住居を得るに必要な費用を調達し得ないこと明かだといえる被控訴人の全面的退去を求める正当の事由ありとは認めがたいのである。

控訴人は、控訴人の長男長女はともにとしごろであるから近く結婚することになるが、長女は重い眼病であるから他家へとつげず、婚姻しても夫とともに控訴人方に同居するほかないから、いよいよせまくてこまると主張し、右二人がとしごろであること、長女の病気のことも原審および当審の本人尋問における控訴人本人の供述、この供述によつて真正に成立したものと認められる甲第三号証によつて認められ、両人ともいずれは結婚するであろうとは肯定されるけれども、確実にいつと定つたことは認められず、両人とも結婚すれば必ず控訴人と同居するを要するものと認めるべき証拠もないのであるから、控訴人のこの主張は解約正当の事由の存否について考慮に加えることはできない。

控訴人はなお、控訴人は前記(一)前段説示のような事情でその店舗および住宅がせまいので、みずから住居に使用する目的で本件建物を買受けたと主張し、そのことは原審証人北沢泰雄の証言原審および当審の本人尋問における控訴人の供述によつて認め得ないではないけれども、この事実を前記(一)(二)の事情に加えて考えても本件解約申入に正当の事由とならないことはもちろんである。のみならず、賃貸中の建物を賃貸人から譲受けて賃貸人となつた者と賃借人の双方の事情をにらみあわせて考えて解約の正当の事由があるといちおう認められる場合であつても、その事情が賃貸人の建物所有権取得前からのものそのままである場合には、それだけでただちに正当の事由となるものと解するは相当でなく、これに加えるになんらかとくだんの事情がなければならないとすべきものである。もしそうでないとするならば、賃借建物に居住するものは、建物使用を必要とする第三者が、いつなんどき建物所有権を取得して解約申入をしてくるかも知れず、その所有者について、従前の所有者については生じなかつた事情が解約の正当の事由とせられ、ために安住の居宅を失うという危険にさらされる結果になることは、みやすいところである。かような結果をそれでよいとしておくことは、建物賃借人の地位の安定をはかる趣旨の借家法、ことにその第一条ノ二の精神をふみにじるものであるといわなければならない。本件においては前記説明のように通常の場合(建物所有者の変動のない場合)としても解約正当の事由をみとめがたいのであるから、よぶんのことにはなるけれども、原審証人小幡谷松太郎同堀畑安次郎同小美野孝一同玉井伊助同竹山良造(第一、二回)同北沢泰雄の各証言並に原審および当審の本人尋問における控訴人の供述のなかに、控訴人は本件建物を買受ける直前、被控訴人にたいして、他へ移転できるかどうかをたずねたところ、二年くらいたてば明渡すことができる旨の答を得た事実がある旨の部分がある。かかる事実は場合によつては新所有者たる賃貸人の解約申入の正当の事由を成り立たせるとくだんの事情のひとつと認められることもあろうかと解せられるのであるが、右証人および本人の供述は、原審証人大野寿鹿(第一、二回)同大森鉄雄の各証言並に原審および当審の本人尋問における被控訴人の供述にてらすと全然信用し得ないものである。

以上のとおり控訴人の解約申入は、正当の事由がないためにその効力を生ぜず、被控訴人の賃借権は現になお存続していること明かである。

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